『広田弘毅』服部龍二(中公新書)

「悲劇の宰相」というイメージがいかに薄っぺらなものかを明らかにした著作。責任者は責任とるためにいるんだから、「死刑」かどうかは別にして、「悲劇」なわけがない。とはいえ、中国侵略して傀儡政権樹立してという、もともと無茶な局面だったことには同情できる。軍部(陸軍)の無責任な動きに翻弄されたという意味では可哀想ではある(後半は広田自身が相当投げやり・無責任だが)。とはいえそれは本来、軍部に戦争責任をおっかぶせる歴史観と一体のものだったはずだ。軍の責任を免罪した揚句に広田に同情しようなどというムシのいい話は許されようはずがない。本書が言外に追求している歴史の「if」は、日中戦争が泥沼化する手前でなんとか食い止め、独伊とは手を組まない大日本帝国が可能だったかという問題だろう。これは須藤真志『真珠湾〈奇襲〉論争』で検討されている、ハル・ノート時点で日米開戦を食い止めるという構想と並んで、重要なポイントではあるだろう。私自身はこうした判断を共有したいとは思わないが、押えておくべき議論だとは思った。